液晶、プラズマと異なる日本発の新型薄型ディスプレー技術が製造ノウハウも含め台湾に流出する。開発したベンチャーが資金調達できず、事業化を断念。同社は国内メーカーなどに出資を要請したが、どこも支援に名乗りを上げなかったためだ。昨年、台湾政府などに相談したところ、動画表示に優れた性能に注目した台湾メーカーが技術資産の買収を即決した。新市場に挑戦することに臆病になっている国内の大手メーカーはもう頼りにならないとものづくりベンチャーの視線はアジアに向かうしかないのか??。
このベンチャーはエフ・イー・テクノロジーズ(FET、東京・品川)。電子を蛍光体に当てて発光させる電界放出型ディスプレー(FED)を開発してきたソニーの技術者が投資ファンドと組んで2006年に設立した。ソニーが次世代薄型ディスプレーの事業化を有機EL(エレクトロルミネッセンス)に絞ったため、行き場所をなくした開発チームが本社に直訴して起業した経緯があった。
FEDは画素を作る最小単位ごとに電子を当てて映像を表現するため、動きの速い動画像を鮮明に映し出し、高コントラスト比など高画質を低電圧で実現できる。液晶やプラズマが家庭用テレビなどの量産市場を開拓したのに対し、FEDはコストダウンや大画面化で液晶に劣るため高品質な画質を求めている放送局や画像クリエーター、医療機器用モニターといった業務用ディスプレーとしての需要が期待されていた。
FEDはキヤノン、東芝など大手も開発に取り組んでいたが、根本技術である「表面伝導型」という電子放出源の特許を持つ米企業とのライセンス供与が難航して事業化を挫折。これに対しFETは画素ムラを抑制するナノ(ナノは10億分の1)メートルサイズの円すい状の突起物から電子が飛び出す独自技術を開発、大手の苦戦を尻目にスピーディーな事業立ち上げを可能にした。
FETは起業2年目の08年、プラズマパネルを生産していたパイオニアの鹿児島工場(鹿児島県出水市)の買収を表明して業界を驚かし、09年秋から月1万枚(26型換算)規模で生産を開始、年商250億円を目指すとの事業プランを発表するなど「モノ作りベンチャー期待の星」として一躍脚光を浴びた。
このシナリオが狂ったのはプラン表明直後に起きた米金融危機だ。不況の波が日本に及び、100億円超とみられる工場買収資金の出資をあてにしていた企業から相次ぎ見放され、量産計画を断念。09年3月、会社清算の手続きに入った。それでも経営陣は「技術だけは何とか日本に残して、日本発の新型薄型ディスプレーに日の目を見させたい」と国内の電機メーカーなどを対象に新たなスポンサーを探していた。
だが、国内メーカーから色よい返事をもらえず、FETは交渉先をアジアに広げた。一番早く手をあげたのが台湾の液晶大手メーカー、友達光電(AUO)。買収金額は明らかにしていないが、AUOは台湾内で既存の液晶パネル工場を活用して年内にもFEDパネルの生産を始める見通し。買収決断の背景には技術や市場成長力への高い評価はもちろんだが、FETの技術者と共同で事業展開することで初期から開発するコストが抑制され、「(開発のための)時間を買う」ことができる「安い買い物」と判断したのだろう。FETが試作品を公開してから日本の放送局や映像機器メーカーなどが相次ぎパネル採用を表明しており、これらの受注も獲得できるというしたたかなそろばん勘定もうかがえる。
FET設立のためのファンドを組成した先端技術投資会社、テックゲートインベストメント(東京・品川)の土居勝利代表は「金融危機後、国内から資金を集めるのが困難になっている。ものづくりベンチャーへの投資は製造設備など少なくみても100億円が必要なうえ、事業化までに時間がかかる。このためネット系に比べて投資対象としては敬遠されがちだ」と指摘する。この間隙をついて豊富な資金力を持つアジア勢が日本のベンチャーの技術資産買収に意欲を示しているわけだが、背景には中国、韓国、台湾の新興ハイテクメーカーの成長の原動力といわれる「ターンキー戦略」がある。
ターンキーとは装置のカギを回して動かせばすぐに製品が出てくるという意味だが、アジアの新興メーカーは株式公開で得た資金力を武器に製造ノウハウなど完成した技術を外部から導入、高い投資効率で短期間に市場参入をなし遂げ、日本企業の脅威になっている。技術開発を自社に頼る自前主義が強く、経営の意思決定スピードが遅い日本企業にはまねできない芸当だ。
大手企業にはない独創技術を武器に製造装置や材料開発に取り組んできたものづくりべンチャーは従来、国内メーカーに技術を売り込み、採用される成長シナリオを描いて頑張ってきた。しかし大手が業績不振や再編で新規事業への挑戦に消極的になっているため、こうした出口戦略が通用しにくくなってしまった。有望技術を持つベンチャーが生き残るため、ターンキー経営を標榜(ひょうぼう)するアジアメーカーにアプローチをする流れはもう止めようがないとみる関係者は多い。
台湾政府が半導体、液晶に次ぐ新産業としてLED(発光ダイオード)素子メーカー育成に乗り出して以来、LED先進国の日本から製造技術を買いあさり、台湾にLEDベンチャー設立ブームが起きた。液晶テレビのバックライトや照明用にいまや引っ張りだこの白色素子で日本を追い抜き、世界シェアトップの座をうかがう勢いだ。
ベンチャーの優れた技術の流出がグローバル市場における国内メーカーの競争力衰退の要因となった一例だが、政府も経済団体も危機感は薄く、ものづくりベンチャー支援の具体的な成長戦略を明確に描き出していない。技術流出を防ぐナショナルプロジェクトの始動など対策を早急にとらなければ、半導体、液晶、太陽電池、LEDと続く敗北の連鎖は止まらない可能性は強い。日本のハイテク産業はいま“ゆでカエル”現象になっているのだ。ゆっくり熱くなるお湯につかったカエルは油断しているうちにゆだってしまうとのたとえである。
このベンチャーはエフ・イー・テクノロジーズ(FET、東京・品川)。電子を蛍光体に当てて発光させる電界放出型ディスプレー(FED)を開発してきたソニーの技術者が投資ファンドと組んで2006年に設立した。ソニーが次世代薄型ディスプレーの事業化を有機EL(エレクトロルミネッセンス)に絞ったため、行き場所をなくした開発チームが本社に直訴して起業した経緯があった。
FEDは画素を作る最小単位ごとに電子を当てて映像を表現するため、動きの速い動画像を鮮明に映し出し、高コントラスト比など高画質を低電圧で実現できる。液晶やプラズマが家庭用テレビなどの量産市場を開拓したのに対し、FEDはコストダウンや大画面化で液晶に劣るため高品質な画質を求めている放送局や画像クリエーター、医療機器用モニターといった業務用ディスプレーとしての需要が期待されていた。
FEDはキヤノン、東芝など大手も開発に取り組んでいたが、根本技術である「表面伝導型」という電子放出源の特許を持つ米企業とのライセンス供与が難航して事業化を挫折。これに対しFETは画素ムラを抑制するナノ(ナノは10億分の1)メートルサイズの円すい状の突起物から電子が飛び出す独自技術を開発、大手の苦戦を尻目にスピーディーな事業立ち上げを可能にした。
FETは起業2年目の08年、プラズマパネルを生産していたパイオニアの鹿児島工場(鹿児島県出水市)の買収を表明して業界を驚かし、09年秋から月1万枚(26型換算)規模で生産を開始、年商250億円を目指すとの事業プランを発表するなど「モノ作りベンチャー期待の星」として一躍脚光を浴びた。
このシナリオが狂ったのはプラン表明直後に起きた米金融危機だ。不況の波が日本に及び、100億円超とみられる工場買収資金の出資をあてにしていた企業から相次ぎ見放され、量産計画を断念。09年3月、会社清算の手続きに入った。それでも経営陣は「技術だけは何とか日本に残して、日本発の新型薄型ディスプレーに日の目を見させたい」と国内の電機メーカーなどを対象に新たなスポンサーを探していた。
だが、国内メーカーから色よい返事をもらえず、FETは交渉先をアジアに広げた。一番早く手をあげたのが台湾の液晶大手メーカー、友達光電(AUO)。買収金額は明らかにしていないが、AUOは台湾内で既存の液晶パネル工場を活用して年内にもFEDパネルの生産を始める見通し。買収決断の背景には技術や市場成長力への高い評価はもちろんだが、FETの技術者と共同で事業展開することで初期から開発するコストが抑制され、「(開発のための)時間を買う」ことができる「安い買い物」と判断したのだろう。FETが試作品を公開してから日本の放送局や映像機器メーカーなどが相次ぎパネル採用を表明しており、これらの受注も獲得できるというしたたかなそろばん勘定もうかがえる。
FET設立のためのファンドを組成した先端技術投資会社、テックゲートインベストメント(東京・品川)の土居勝利代表は「金融危機後、国内から資金を集めるのが困難になっている。ものづくりベンチャーへの投資は製造設備など少なくみても100億円が必要なうえ、事業化までに時間がかかる。このためネット系に比べて投資対象としては敬遠されがちだ」と指摘する。この間隙をついて豊富な資金力を持つアジア勢が日本のベンチャーの技術資産買収に意欲を示しているわけだが、背景には中国、韓国、台湾の新興ハイテクメーカーの成長の原動力といわれる「ターンキー戦略」がある。
ターンキーとは装置のカギを回して動かせばすぐに製品が出てくるという意味だが、アジアの新興メーカーは株式公開で得た資金力を武器に製造ノウハウなど完成した技術を外部から導入、高い投資効率で短期間に市場参入をなし遂げ、日本企業の脅威になっている。技術開発を自社に頼る自前主義が強く、経営の意思決定スピードが遅い日本企業にはまねできない芸当だ。
大手企業にはない独創技術を武器に製造装置や材料開発に取り組んできたものづくりべンチャーは従来、国内メーカーに技術を売り込み、採用される成長シナリオを描いて頑張ってきた。しかし大手が業績不振や再編で新規事業への挑戦に消極的になっているため、こうした出口戦略が通用しにくくなってしまった。有望技術を持つベンチャーが生き残るため、ターンキー経営を標榜(ひょうぼう)するアジアメーカーにアプローチをする流れはもう止めようがないとみる関係者は多い。
台湾政府が半導体、液晶に次ぐ新産業としてLED(発光ダイオード)素子メーカー育成に乗り出して以来、LED先進国の日本から製造技術を買いあさり、台湾にLEDベンチャー設立ブームが起きた。液晶テレビのバックライトや照明用にいまや引っ張りだこの白色素子で日本を追い抜き、世界シェアトップの座をうかがう勢いだ。
ベンチャーの優れた技術の流出がグローバル市場における国内メーカーの競争力衰退の要因となった一例だが、政府も経済団体も危機感は薄く、ものづくりベンチャー支援の具体的な成長戦略を明確に描き出していない。技術流出を防ぐナショナルプロジェクトの始動など対策を早急にとらなければ、半導体、液晶、太陽電池、LEDと続く敗北の連鎖は止まらない可能性は強い。日本のハイテク産業はいま“ゆでカエル”現象になっているのだ。ゆっくり熱くなるお湯につかったカエルは油断しているうちにゆだってしまうとのたとえである。