プラズマテレビが岐路に立たされている。プラズマテレビ世界トップのパナソニックが生産体制の大幅縮小を表明したことで、同社からパネル提供を受ける日立製作所やライバルの韓国勢への影響も避けられない。最盛期には多くの国内メーカーが開発競争に明け暮れたが、その後撤退が相次いだ。液晶テレビに主役を奪われたプラズマテレビが家庭から姿を消す日がやってくるのか。

 「プラズマテレビの技術的優位性は今でも揺らいでいない。ただ、液晶の技術革新があまりにすごかった…」

 かつてプラズマテレビの製品設計にかかわったメーカー関係者は、液晶テレビとの主導権争いに“完敗”したことを認め、こう嘆息する。

 プラズマテレビは、液晶テレビのようにバックライトを使わない「自発光方式」で、暗い環境での黒の表現力が優れているのが特徴だ。

 国内では、1996年に富士通からパネル供給を受けた富士通ゼネラルが世界で初めて42型の家庭用プラズマテレビを発売し、NEC、パイオニアなども製品化した。当時は42型以上の大型に特化しており、小型を展開する液晶との差別化が期待された。

 パイオニアの50型プラズマテレビは250万円と強気な価格設定でも、AV(映像・音響)愛好家などに受け入れられた。

 2000年代に入り、プラズマの開発競争はさらに激化する。パナソニック、東芝、日立製作所などが相次いで参入し、02年のサッカーW杯日韓大会で大型テレビの需要が高まったことも追い風となった。関係者は「毎年数十億円をかけて新しいプラズマパネルを製品化していた」と当時を振り返る。



 だが、01年にコストパフォーマンスに優れた液晶テレビがシャープから発売され、徐々にプラズマに逆風が吹き始める。投資負担の重さなどもあって05年にソニーが同事業から撤退。採算割れが続くNEC、富士通グループ、東芝なども次々に手を引いた。09年にはパイオニアも撤退し、国内でプラズマパネルを生産するのはパナソニックだけになった。

 一方で、同じく自社でパネルを生産する韓国のサムスン電子やLG電子を巻き込んだ薄型テレビの価格競争が激化し、プラズマテレビも価格下落が加速した。米ディスプレイサーチによると、米国市場での42型プラズマテレビの平均価格は05年の3026ドル(約23万円)から10年には約6分の1の487ドルにまで値崩れした。

 さらに液晶テレビの大型化が進み、薄型化や省エネ化などプラズマテレビにない新たな付加価値も提供できるようになってきた。家電量販店の販売員も、「プラズマと液晶の明確な違いがなくなった」と話す。

 50型以上で採算重視

 プラズマテレビが四面楚歌(そか)に陥る中、ついにトップのパナソニックも大幅な事業縮小を決断した。

 プラズマパネル生産を尼崎第4工場に集約し、新鋭工場だった第5工場で生産を休止、第3工場の設備を中国・上海に移設する計画も中止する。42インチ換算で合計年間1380万台だったパネル生産能力を720万台に半減させ、「液晶、プラズマにこだわらないインチ戦略」(大坪文雄社長)にかじを切った。12年度には電子看板や医療用などの業務用途を1割以上に引き上げるほか、50型以上の比率を現在の4割から6割にまで引き上げ、採算を重視する。

 日立製作所は「プラズマテレビの生産をかなり絞っているので(パナソニックの)減産の影響はない」とするが、同社自体が国内でのテレビ生産終了を検討しており「テレビが『家電の王様』だった時代は終わった」というのが社内の共通認識だ。

 プラズマテレビ世界2位のサムスン電子、3位のLG電子も厳しい状況は変わらない。「サムスンもLGも、パナソニックがやっているから続けているだけで、パナソニックが縮小したら両社とも縮小か撤退を検討するだろう」(電機担当アナリスト)との声もある。

 もっとも、事業が危機的状況にあるのは液晶テレビも同様だ。ソニーのテレビ事業は来期まで9年連続赤字が確実で、パナソニックもプラズマを大幅縮小した後の液晶の「V字回復」の青写真が描けていない。「適正価格で売られ、付加価値を訴求できる時代が終われば、地力のないところは撤退せざるを得ない」。プラズマ技術者の言葉は図らずも、プラズマテレビのみならずテレビ事業全体の行く末を示唆している。